大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)608号 判決 1992年4月21日
滋賀県守山市<以下省略>
昭和六三年(ネ)第九〇三号控訴人、
同年(ネ)第六〇八号被控訴人
(以下「第一審原告」という。)
X
右訴訟代理人弁護士
浅岡美恵
下谷靖子
東京都港区<以下省略>
昭和六三年(ネ)第九〇三号被控訴人、
同年(ネ)第六〇八号控訴人
(以下「第一審被告」という。)
北辰商品株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
西田信義
笹川俊彦
大砂裕幸
井上進
権藤健一
右訴訟復代理人弁護士
江後利幸
主文
原判決を次のとおり変更する。
第一審被告は第一審原告に対し、一三二九万六〇〇〇円及び内一一二九万六〇〇〇円に対する昭和五九年七月二四日から、内二〇〇万円に対する昭和六〇年四月二〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
第一審被告は第一審原告に対し、原判決別紙
の倉荷証券目録記載の倉荷証券九通の引渡をせよ。
第一審原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その一を被控訴人の各負担とする。
この判決は、第二、三項にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一申立て
一 昭和六三年(ネ)第九〇三号事件
1 第一審原告
原判決を次のとおり変更する。
(一) 主位的請求
第一審被告は第一審原告に対し、三八一六万四〇〇〇円及び内三六一六万四〇〇〇円に対する昭和五九年七月二四日から、内二〇〇万円に対する昭和六〇年四月二〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。
仮執行の宣言。
(二) 予備的請求(主位的請求第一項の金額の一部が認められない場合)
第一審被告は第一審原告に対し、原判決別紙aの倉荷証券目録記載の倉荷証券九通の引渡をせよ。
2 第一審被告
第一審原告の控訴を棄却する。
控訴費用は第一審原告の負担とする。
二 昭和六三年(ネ)第六〇八号
1 第一審被告
原判決中、第一審被告敗訴部分を取り消す。
第一審原告の請求を棄却する。
2 第一審原告
第一審被告の控訴を棄却する。
控訴費用は第一審被告の負担とする。
第二主張
一 第一審原告の請求原因
1 当事者
(一) 第一審原告は、昭和二五年生まれで、昭和五五年から滋賀県守山市において開業している歯科医師である。
(二) 第一審被告は、東京金取引所の正会員であって、顧客から手数料を得て、金、銀等の売買の委託を受け、自己の名をもって委託者の計算において金等の売買をなすことを業務としているものである。BとCは、いずれも 第一審被告京都支店勤務の外務員であり、Cは同支店長であった。
2 先物取引の経過等
(一)(1) 昭和五七年八月初めころ、第一審原告の診療所に第一審被告京都支店の外務員B及びDの両名が訪れ、歯科医に必要な材料である金の購入を勧め、その後も、両名は同年九月二七日ころまでの間に第一審原告方に数回訪れ、「今度東京金取引所が開設された。これまで日本では取引所がなかったので、金は輸入業者―問屋―小売業者の経路でしか買えなかったが、取引所ができたので、我々取引所で認められた商社を通じて直接買えば、店頭で買うよりずっと安く買える。預貯金、国債、その他の利息と比較して金の値上がり率は大きいので、資産として持っていても得であるし、我々専門家の目から見て、金は今が底値で絶対買い得です。」と言って、金の値動き状況を示すグラフ、預貯金等との運用益の比較表、店頭価格と取引所での金購入価格の差を示す表など(甲第二四、第二五、第七二号証と同じもの)を示し、第一審被告を通じ、取引所で今金を買うことの有利性を強調して、執拗に金の現物購入を勧めた。
そして、第一審原告が手持ち資金がないと言うと、両名は「取引所で決められた証拠金という名の頭金さえ、とりあえず用意してもらえば、残金は数か月後、現物をお渡しするときで結構です。また、残金が用意できないときは、頭金は手数料だけ差し引いてお返しします。契約のときの値段で買えるし、値上がりするので早く契約しておかれるのが得です。」と説明した。
(2) 歯科医にとって金は仕事上の必需品であるが、第一審原告は、開業当時金が非常な高値で苦労した経験があり、先輩からもできたら安いときに買っておくべきことを教えられており、かねてより安い時期にまとめ買いをしておきたいと考えており、素人ながら金の値動きに多少の関心を持ち、金が値下がりしていることだけは知っていたところへ、B、Dが確信に満ちた口調で「専門家の立場から見て今が底値です。」と断言したこと、とりあえず用意すべき代金が少額ですみ、店頭価格より相当安く買えるとのことでよい話と考え、同月二七日、「一〇キログラムを目標にしているが、とりあえず六キログラムを購入する」とBに告げ、第一審原告名義で先物取引委託契約が締結された。
(3) 第一審原告が右金購入の決意をするまでの間に、Bらは、現物が安く買えるとの説明以外、差金決済の先物取引の話など全くしなかった。仮に、Bらがその説明を多少したとしても、第一審原告がその内容、仕組み、危険性を認識できるような説明は全くされなかった。第一審原告の認識は、あくまで取引所で現物を安く買うというものであり、Bらも、第一審原告がその意識だけで右契約を締結したことは十分に了知していた。
(4) 右契約について、第一審原告は、同日ころ、受託契約準則を遵守して売買取引を行うことを承諾する旨の書面(乙第四号証の一)を作成したが、その際、Bは、これを現物を安く買うために必要な書類であると説明し、第一審原告はその旨信じて署名押印した。この時、第一審原告は、右書面の外側の裏に細かい字で書かれた東京金取引所受託契約準則前文に気づき、Bに尋ねたところ、同人は「先生には現物を買ってもらうのだから関係ありません。生命保険の約款みたいなもので気にしなくて結構です。」と言って、その内容を一切説明しなかった。また、右契約書には、二つ折りになった内側に右準則の続きと危険開示告知が記載されていたが、第一審原告はこれに気づかず、Bも何の説明もしなかった。なお、第一審原告は、Bから「商品取引受託のしおり」なるものを手渡されたが、特別な説明は一切なかったため、契約内容についての説明はBが十分にしてくれたものと考え、特に読む必要はないものと考え、そのまま机の奥にしまいこみ、失念してしまった。
(5) 右契約時、Bは、「金は何時買うか、何時のものを買うかによって値段が違うので買い方は我々専門家に任せてください。一番安いと思うものを買いますから。」と言うので、何も分からない第一審原告はBに任せることとし、同日、証拠金三六〇万円を支払った。
(二) 第一審原告は、金購入の目標を一〇キログラムと定め、Bの勧めで早く購入するのが得だと考えたが、資金的余裕がなかったので、弟Eが取得した遺産約一〇〇〇万円を一時流用することとした。そして、同年一一月一二日金三キログラムを購入することとし、同人名義で第一審被告との間に先物取引委託契約を締結し、証拠金二五二万円を支払った。
更に、第一審原告は、昭和五八年二月一六日、その長男F名義で金三キログラムを購入することとし、同人名義で先物取引委託契約を締結し(以下、第一審原告、E、F各名義の先物取引委託契約を合わせて「本件先物取引委託契約」という。)、証拠金二九四万円を支払った。
(三) 第一審原告は、(一)に記載の経過で購入した六キログラムの金のうち二キログラムのみを現物受けし、残る四キログラムを同年二月に差金決済しているが、これはこの四キログラム分の金の名義をEとFに移すためにしたことで、前記(二)に述べたように同月一六日F名義で金三キログラムを購入し、更に同月二四日E名義で金一キログラムを購入した。第一審原告は、以上のように、同年四月二八日までに、合計九キログラムの金を購入したのであったが、同年一〇月ころもう一キログラムの金の購入を決意し、同月二四日二〇〇万円を預け、残金は昭和五九年三月に支払い、同日E名義で購入された。このようにして、昭和五八年二月二八日に第一審原告名義の二キログラムとF名義の三キログラムが、同年四月二八日E名義の四キログラムが、昭和五九年三月二九日E名義の一キログラム、計一〇キログラムが現物受けされた。
(四) Bは、右のとおり順次購入した金の現物について、これを一度も持参せず、「いつでも必要なときはお持ちしますが、危険ですからお預かり致しましょう。当社の契約している倉庫会社、三井倉庫或いは三菱倉庫に預けますから。」と言い、第一審原告が信頼して、これに従うこととしたところ、倉荷証券は一度も持参せず、その一部のコピーと預かり証だけを持参した。そして、倉荷証券は、第一審被告において、第一審原告及びF名義については昭和五八年二月二八日、E名義についても同年四月二八日各現物受けと同時にすべて、先物取引の証拠金として預かるべく手続をしてしまった。
(五)(1) その後、金は値下がりする一方であり、契約当初から昭和五八年四月までに一キログラム当たり三〇万円以上値下がりしたが、第一審原告が、せっかく買った金が目減りしたことや、弟Eに返金しなければならない場合を心配して、Bに相談すると、同人は、「第一審被告は、北辰物産株式会社など大きなグループの一員なので、銀行に担保として入れるより我社に担保として貸して下されば目減り分くらいすぐ取り戻します。買っていただいた金を担保にすればよいので、もうお金は要りません。必要なときは何時でも金に利息をつけてお持ちします。」と言い、また、「我々に任せてください。絶対に大丈夫ですから。」とも言うので、第一審原告はいかなることがなされるのか理解できないまま、第一審被告に金を担保として預けるだけで目減り分を必ず取り戻してくれるものと考え、Bの勧めにしたがうこととした。とりあえずF名義の分だけやらせてくれとのことでこれを承諾したところ、同年四月二〇日から、同人名義の差金決済を前提とした取引が開始された。また、その後、E名義の分も取り戻しますと言われ、同年一〇月二四日から同人名義の取引も開始された。その内容は、現物取引と考えていた分も含め、原判決別紙f(一)ないし(五)記載のとおりである。ただし、同別紙の売買状況表(二)の「約定月日」欄の上から三及び四段目に各「4・30」とあるのをいずれも「4・28」と、同欄の上から二五段目に現受けの日が「3・29」とあるのを「3・30」と各訂正する。
(2) こうして始まった取引は、第一審原告の診療時間中は全く電話は繋がれず、Bから時々朝早く或いは夜遅く「こうしますよ。こうしましたから。」との電話が入ることはあったが、第一審原告には自分が一体何をしているのかさえ分からず、また、判断能力もなかったため、Bに任せっきりにするより仕方なかった。また、F、E名義の取引は、その住所を滋賀県の○○町としていたため、第一審被告から送られてくる報告書などの郵便物は、一、二か月後にしか第一審原告の目に触れず、Eについては、その後埼玉県に住所変更がされたため、同人が帰省する折りにしか見ることができなかった。さらに、書類を見ても、その内容を理解する能力はなく、ただ、Bから会社の処理上必要だから署名、押印して返送して貰いたいとの指示に従い、これを返送或いはBに手渡していた。
(3) 昭和五八年終わりころ、報告書の中にマイナスの数字を見付けた第一審原告がBに尋ねたときも、Bは「これは一時的なもので心配ありません。金はこのようにちゃんとあります。」と言って、同書の預かり有価証券と書いた欄を示し、第一審原告を安心させた。
(六)(1) しかし、昭和五九年に入り、第一審原告方に他の会社のセールスマンが金の購入を勧めに来るようになり、同人に、同年春ころ、取引報告書を見せたところ、「これは大変損をしている。第一審被告に任せておいてはいけない。直ちに引き上げなさい。」と指摘を受け、驚いて、Bを呼んで聞いたところ、同人は「一時的な損です。今やめると損が確定し、金はほとんどなくなりますが、このまま続ければ大丈夫ですから。」と説明した。その後間もなく、支店長のCが来て「以後は、私が担当します。国際情勢からみて必ず挽回できますから、心配しないで下さい。今、換金すれば大損です。大丈夫、私がやりますから。」と言って換金に応じようとしなかった。
(2) Cに代わって間もなく、同人から「金は動きがないから銀に代えました。」との報告があった。第一審原告は、このころから、第一審被告を信じてよいか迷い、とにかく少しでも情報を得なければと考え、Cに、毎朝連絡するように約束させたが、その後も必ずしも連絡はなかった。
(3) Cは、同年七月ころ、「金二キログラムを換金し、損の穴埋めに使い、残りを資金として取引したいから承諾して欲しい。」と申し出た。第一審原告は、自分が苦労して買った金が無くなることに驚き、必死で抵抗したが、同人から「これに応じなければ損が確定する。大損になります。一時的に金はなくなるが、これを元手に取引して、必ず利益を挙げて買い戻しますから。」と言われ、やむなく金一キログラムの換金に応じた。
(七) 同年八月、Cが辞めるからといって、後任の支店長と大阪支店管理課長が挨拶に訪れたが、このとき初めて、挽回は難しいと言われた。その後、会社を辞めたCが第一審原告方を訪れて取引の実情を説明したが、第一審原告はこれを聞いて初めて騙されたと気づき、第一審被告との取引を拒否した。しかし、その解決の仕方も分からないまま日時が経過していたところ、同年暮れころ先物取引被害相談の新聞記事をみて、弁護士に相談するに至った。
(八) 第一審原告の第一審被告に対して支払った金員は次のとおり、合計三六一六万四〇〇〇円である。
(1) 第一審原告名義(合計七一五万四四〇〇円)
昭和五七年九月二七日 金三六〇万円
同年一〇月四日 金一四四万円
昭和五八年二月一日 金八四万円
同年同月二二日 金一一九万六四〇〇円
同年同月二三日 金七万八〇〇〇円
(2) E名義(合計一七五一万四二〇〇円)
昭和五七年一一月一二日 金二五二万円
昭和五八年二月二三日 金八四万円
同年三月一日 金一八〇万円
同年四月二五日 金九四〇万四二〇〇円
同年一〇月二四日 金二〇〇万円
昭和五九年三月二二日 金八五万円
同年七月二三日 金一〇万円
(3) F名義(合計一一四九万五四〇〇円)
昭和五八年二月一六日 金二九四万円
同年同月二二日 金八五五万五四〇〇円
3 第一審被告の不法行為責任
(一) 本件先物取引委託契約の勧誘及び個々の先物取引行為全体の違法性
(1) 先物取引は、極めて投機性が高く、危険なものであり、その仕組みも難解で、一般人には容易に理解、習熟できるものではないから、新たに取引に勧誘する場合、取引員は、その仕組みや取引の危険性を説明する義務がある。金の現物を購入する手段として先物取引を利用する場合でも、買建玉から納会日までに金価格が低下すれば買建玉当時の約定値段を支払って受けなければならないので、高く購入したことになるし、金価格が値上がりしたとしても、取引員に手数料を支払わなければならず、この手数料負担をこえて現物市場よりいかほど安くなるかは疑問である。しかるに、Bらは、とりあえず金の現物購入に先物市場がいかに有利であるかを強調して受託契約を結ばせ、第一審原告が現物を受けた後、先物取引へ導こうとの意図をもって、これらの仕組みを説明することなく、ただ取引所でなら安く買える旨強調して、第一審原告と本件先物取引委託契約を結ばせたのである。
(2) 商品取引員は、必要証拠金以外の金員を預かることを禁じられており、不必要となった証拠金は六営業日以内に返還しなければならないのに、第一審被告は、第一審原告が苦労の末に総売買代金を支払い、現物受けした金地金を、昭和五八年二月二八日に、最初の二キログラムを第一審被告に預けさせたのを皮切りに(乙第一号証の三、第一八号証の一)、その後の現物受けの分もそっくりそのまま現物受けと同日、東京金取引所での証拠金の代用として預けさせてしまった。これは、現物購入の意思で本件取引に参入した第一審原告のような全くの素人を本来の先物取引に参入させ、売買を繰り返して行き、預かり倉荷証券を手数料や売買差損金に転化することを目指したものといわなければならない。
(3) 契約当初の昭和五七年九月から昭和五八年四月までに金は一キログラム(一枚)当たり三〇万円を超える値下がりをしたが、Bは、第一審原告に対し、金価格低下による目減り分を必ず取り戻すことができると述べて安心させ、先物取引に参入させて行った。このときも、Bは、何ら投機性の説明をせず、必ず目減り分を取り戻せるとの断定的判断を提供したが、これは取引の危険性等の説明義務に違反するほか、商品取引員としては、その顧客に利益の生じることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してはならない注意義務があるのにこれに反するものである。
(4) 第一審被告は、顧客に対し仮名で取引させることを禁じられているにもかかわらず、第一審原告が、弟E及び長男Fの名義で購入することを望んでいると知るや、税務対策上有益であると言ってこれを推奨し、しかも、第一審原告の亡父の生前の住所を第一審原告が両名の住所とすることを勧めた。同所には誰も居住しておらず、第一審原告が稀に郵便物等を受け取りに訪れるに過ぎず、同所を住所とすれば、取引に関する報告書等が第一審原告のもとに届きにくくなるのに、これを知悉しながら、同所を両名の住所とすることを勧めたのは違法というべきである。
(5) 現物受けとした初期の取引も含め、本件取引は第一審被告の主導のもとになされた。すなわち、売買指示及び仕切りともBのアドバイスによってなされ、第一審原告はそのアドバイスどおりにしてきたのである。しかるに、第一審被告は、適切な時期に仕切らず、著しい差損金を生じさせた。Cに担当が代わってからは、同人主導のもとに無意味な反復取引をし、売買差金そのものは利益であったが、そのための手数料が二一三万円に及び、結果的には一一九万七〇〇〇円の損が生じている。こうした無意味な反復取引は禁止されているものである。
(6) 第一審被告の東京金取引所における取引日の委託、自己合計の売買は、買いが若干多いもののほぼ売買同数であるうえ、売り、買いにおいてほぼ完璧に委託玉と自己玉とで対当しており、自己の取引高は売玉のみ、しかも第一審被告全体の取組高の大半を占め、九月限、一二月限においては売り取組高(残玉)のすべてが第一審被告の自己玉といってよい。すなわち、第一審被告の委託者は第一審原告と同様に買建玉のポジションにあり、第一審被告はこれにほぼ完全に自己売玉をもって向っている。これは第一審原告の損を第一審被告の利益に転化するための手段としてされたものであって、違法であることは明らかである。
(7) 以上のとおり、第一審被告外務員Bらは、歯科医という職業上、金地金を必要とする第一審原告に対し、金を市価より安く購入できる取引と偽って先物取引委託契約書に署名させ、購入した金を第一審原告に交付することなく、安全に保管するためと誤信させてこれをすべて証拠金として預かった上、第一審原告を昭和五八年四月から差金決済による先物取引へ参入させるに際して、これによって金の評価の目減り分を取り戻せる旨、断言的に判断を提供し、その後も値上がりすると断定的に判断を提供しつづけて本件各取引を勧誘してきたものである。更に、その背後に全量向い玉ともいうべき自己玉によって第一審原告の損を第一審被告の利益に転化吸収してきたものであり、信頼が薄らいだBに代わって支店長Cによって再び第一審原告の信頼を繋ぎ止め、無意味な反復取引による手数料稼ぎを行なってきたものであり、これらは、社会通念上許容される勧誘の範囲をはるかに逸脱したもので、全体として違法というべきものである。
(二) 責任
第一審被告は、その組織と業務活動を通じて、いわば会社ぐるみで、故意または少なくとも重過失により、右違法行為をなしたものであるから、民法七〇九条に基づく損害賠償責任があり、そうでないとしても、B、Cのした右違法行為は、第一審被告の従業員としてその業務執行のためにしたものであるから、第一審被告は同法七一五条に基づき損害賠償責任を負うものである。
4 損害
(一) 第一審原告は前記2(八)のとおり、合計三六一六万四〇〇〇円を出捐した。第一審原告は、前述のとおり、倉荷証券九通を証拠金充用有価証券として第一審被告に預託しており、その明細は原判決別紙a倉荷証券目録記載のとおりであるが(以下、これを「本件倉荷証券」という。)、本件先物取引委託契約及びこれに基づく個々の取引はその態様からすれば公序良俗に反し無効であるから、右出捐した額の全額が第一審原告の被った損害となる。
(二) 弁護士費用(二〇〇万円)
第一審原告は、本件訴訟を第一審原告代理人弁護士に委任し、その費用として二〇〇万円の支払を約した。
5 予備的請求
仮に、前記損害金から第一審被告に倉荷証券として預託されている金地金九キログラムの価額が控除される場合には、その所有権は第一審原告に属するから、その引渡を請求する。
6 よって、第一審原告は第一審被告に対し、主位的に不法行為による損害金として三八一六万四〇〇〇円及び内三六一六万四〇〇〇円に対する昭和五九年七月二四日から、内二〇〇万円に対する昭和六〇年四月二〇日(本件訴状送達日の翌日)から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を、右損害額から本件倉荷証券として保管されている金地金の価額が控除される場合には、予備的に、本件倉荷証券の引渡を各求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)の事実のうち、昭和五七年八月初めころから同年九月二七日までの間数回にわたり、第一審原告の診療所に第一審被告京都支店の外務員B及びDの両名が訪れ、金の購入を勧めたこと、Bらが第一審原告に対し、東京金取引所が開設されたので店頭で買うより安く買えると言い、金の値動き状況を示すグラフ、店頭価格と取引所での金購入価格との差を示す表を示し、取引所で金を買うように勧めたこと、取引所での金取引については証拠金がいること、第一審原告が金の値動きに関心を持ち、金が値下がりしていることを知っていたこと、第一審原告が金を安い時期に買いたいと考えていたこと、第一審原告が受託契約準則を遵守して売買取引を行うことを承諾する旨の書面に署名押印したこと、Bが第一審原告に「商品取引受託のしおり」を手渡したこと、第一審原告と第一審被告との間で、第一審原告名義で同年九月二七日、金六枚を買い受ける旨の先物取引委託契約が締結され、第一審原告が、同日、証拠金三六〇万円を支払ったことは認めるが、その余の事実は否認する。Bら外務員は、東京金取引所での金の先物取引を勧め、第一審原告はこれに応じたもので、現物取引ではない。Bら外務員は、先物取引の仕組み、その内容、投機性並びに、当初の建玉の約定値段で委託証拠金を含め、売買代金全額を支払えば現物を受けることができるし、納会日の値段で建玉を売り渡し、差金決済をすることができる旨、前記承諾書、「商品取引受託のしおり」、「商品取引ガイド」等を示して十分説明し、第一審原告はこれを了解して右契約を締結したのである。従って、Bら外務員が、金の現物受けをしないときは納会日に委託証拠金(頭金)から手数料だけ差し引いて返すなどというようなことは言っておらず、外務員として、このような話をすること自体ありえない。
(二) 同2(二)の事実のうち、第一審原告が同年一一月一二日金三枚をE名義で購入し、同人名義で第一審被告との間に先物取引委託契約を締結し、証拠金二五二万円を支払ったこと、更に、第一審原告が、昭和五八年二月一六日、その長男F名義で金三枚を購入することとし、同人名義で先物取引契約を締結し、証拠金二九四万円を支払ったことは認めるが、その余の事実は知らない。なお、右各取引は現物取引ではなく、先物取引である。
(三) 同2(三)の事実のうち、第一審原告が同人名義で購入した金六枚につき昭和五八年二月二八日に内二枚を現物受けし、残り四枚について同月一四日二枚、同月二三日二枚を各差金決済したこと、同月二八日F名義で金三枚、同月二四日E名義で金一枚を購入したこと、同年四月二八日E名義の四枚、昭和五九年三月三〇日E名義の一枚を現物受けしたこと、第一審原告が昭和五八年四月二八日までに計九枚の金を購入したこと、第一審原告が昭和五八年一〇月二四日金一枚を買い、同日証拠金として二〇〇万円を第一審被告に預けたことは認めるが、その余の事実は知らない。なお、第一審原告が昭和五八年一〇月二四日に購入した金一枚は、昭和五九年三月三〇日に現物受けされた先物取引ではない。
(四) 同2(四)の事実のうち、第一審被告が第一審原告から倉荷証券を、第一審原告及びF名義分につき昭和五八年二月二八日、E名義分につき同年四月二八日に預かったこと、第一審被告が倉荷証券を第一審原告に持参せず、その預かり証を交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。
第一審被告が三井倉庫等の作成にかかる倉荷証券を預かったのは、第一審原告が、近い将来、先物取引を行なうというので、委託証拠金として受け入れたものである(乙第六号証の八、九、第七号証の五、第八号証の三、四)。その意味で、第一審原告は念書(乙第一八号証の一、二)を差し入れている。
(五)(1) 同2(五)(1)の事実のうち、第一審原告が購入した金が契約時から昭和五八年四月ころまでに一枚あたり三〇万円くらい値下がりしたこと、昭和五八年四月二〇日から、F名義の差金決済を前提とした取引が開始されたこと、同年一〇月二四日からE名義の取引が開始されたこと、第一審原告の委託による取引の内容が、原判決別紙f(一)ないし(五)記載のとおりであること(ただし、同別紙の売買状況表(二)の「約定月日」欄の上から三及び四段目に各「4・30」とあるのをいずれも「4・28」と、同欄の上から二五段目に現受けの日が「3・29」とあるのを「3・30」と訂正したもの)は認めるが、その余の事実は否認する。
(2) 同2(五)(2)のうち、F、E名義の取引が滋賀県の○○町を住所としていたことは認めるが、その余の事実は否認する。Bは、第一審原告に電話で、金相場の動向等を度々連絡し、また、取引については、事前に承諾を得ており、事後報告的な取引は全くない。第一審原告は、経済的、金銭的な感覚は敏感であり、取引の内容等を知らないということはありえないことである。取引の内容については、第一審被告は、取引の都度、報告書を第一審原告に送っており、また、第一審原告は、残高照合につき、大部分間違いない旨の回答をしている。また、F、Eの住所についても第一審原告が指示したもので、第一審被告はこれに従ったに過ぎない。
(3) 同2(五)(3)の事実は否認する。
(六) 同2(六)の事実のうち、第一審原告がE名義で現物受けしていた金地金一キグラムを昭和五九年七月売り渡したことは認め、その余の事実は否認する。
Cを通じてされた先物取引は、いずれも第一審原告の意思に基づいてされたものである。
(七) 同2(七)の事実のうち、Cが辞めるということで、昭和五九年八月、後任の支店長と大阪支店管理課長が第一審原告方に行ったことは認め、その余の事実は否認する。
(八) 同2(八)の事実は認める。
右金員は、第一審被告が第一審原告から原判決別紙f(二)ないし(五)記載の先物取引の委託証拠金(ただし、後に現物受け代金に振り替え)、現物受け代金として受け取ったものである。
3(一) 同3はすべて争う。
(二) 第一審原告は、最高の学歴を持ち、金相場についての値動きに関心があり、国際・世界経済等についても知識があり、また、読解力も通常人よりすぐれており、先物取引の仕組み、その内容、投機性等は十分理解していたものであり、本件取引にあたって、Bは、先物取引の仕組みや取引の損益の発生等を十分に説明しており、第一審被告の本件取引勧誘及び委託取引には違法な点はない。
(三) 第一審原告は、第一審原告の本件建玉に対し、第一審被告の向かい玉が多く、第一審被告が意識的に第一審原告に損をさせたかのようにいうが、そのようなことは第一審被告の会社としての営業体制上の仕組み、取引所における相場の予測、その操作ができないこと或いは自己玉が第一審被告の計算によって取引所で行う売買であるということ等の性質からしてありえないことである。
(四) 先物取引が行われた都度、第一審原告には買付売付報告書、計算書が送付され、第一審原告はその残高照合についてもこれを承認している。そして、第一審原告と第一審被告の取引のあった昭和五七年九月一六日から昭和五九年九月五日までの間、第一審原告は第一審被告に対して、右先物取引に関し、何らの異議も述べていない。
(五) 第一審原告は、B、Cの主導のもとに取引がなされたと主張しているが、そのようなことはない。第一審原告は金の先物取引をする都度、今が底値だと判断し、第一審被告のほかフジチュー株式会社からも買い増ししており、また、昭和五九年三月一日以降の金銀の先物取引については、先にフジチュー株式会社と第一審原告との間で取引をし、その直後、同一商品を増し玉する意味で更に第一審被告と取引したものであって(乙第二五号証の一ないし五)、第一審原告の主張するようなB、Cに主導性はなく、いずれの取引も第一審原告の意思に基づきなされたものである。
(六) 第一審原告は、金一〇枚を現物受けするにあたり、各当初の買付約定値段に手数料を加えた金員の支払のため預託されていた委託証拠金を現物受け代金に振り替え、不足金を現金で支払った。右金の現物受けは当初買付契約を各現受日、納会日の相場と関係なく、第一審原告がこれを履行したものである。この点について第一審原告が主張するような詐欺等の不法行為を構成する事実は全く存在していない。
4 同4の事実は否認する。本件先物取引委託契約及びこれに基づく個々の取引に違法な点はなく有効である。
5 同5の事実のうち、第一審被告が第一審原告から本件倉荷証券を証拠金充用有価証券として預託を受けていることは認めるが、その余の事実は否認する。
6 同6は争う。
三 抗弁
1 過失相殺
仮に、第一審被告に不法行為が認められるとしても、第一審原告が先物取引の仕組み、その内容、投機性等について知らなかったことについて、通常なら当然尽くすべき注意義務を怠った点で重大な過失があるから過失相殺がなされるべきである。この場合、第一審原告には、E名義の原判決別紙f(二)、(四)記載の先物取引による未払の損失金七四七万四二五二円、F名義の原判決別紙f(三)、(五)記載の委託取引による未払の損失金九四九万一二〇〇円があること、倉荷証券の価値、すなわち現在の金の値段が一グラム一七〇〇円余であるので、かかる事情を含めて判断されるべきである。
2 予備的請求に対する抗弁
第一審原告は、E名義での右先物取引の委託証拠金代用証券として倉荷証券四通、F名義での右先物取引の委託証拠金代用証券として倉荷証券五通を担保として第一審被告に各預託したものである。ところで、第一審原告には、前記のようにE名義七四七万四二五二円、F名義九四九万一二〇〇円の未払損失金があるので、これらの金員が第一審被告に支払われるまで、右倉荷証券の引渡には応じられない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実はいずれも否認する。第一審被告主張の未払損失金については第一審原告に支払義務はない。
第三証拠
証拠関係は原審及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載と同じであるからこれを引用する。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 甲第二ないし第一一、第二二、第二三、第二八ないし第三六号証、第三八号証の一、二、第六六ないし第七一、第七五、第八八号証、乙第一号証の一ないし四、第二号証の一ないし一一、第三号証の一ないし八、第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし四、第六号証の一ないし九、第七号証の一ないし一二、第八号証の一ないし七、第九号証の一、二、第一〇号証の一ないし五、第一一号証の一ないし三、第一二号証の一ないし一三、第一三号証の一ないし七、第一四号証の一ないし一四、第一五号証の一ないし三、第一六号証の一、二、第一七号証の一、二、第一八号証の一、二、第一九ないし第二二号証、第二三号証の一、二、第二四号証の一ないし二五、第三九号証、原審証人B、同Cの各証言、原審における第一審原告本人尋問の結果並びに争いのない事実を総合すれば、次のとおり認めることができる。
1 第一審被告京都支店勤務の外務員BとDの両名は、昭和五七年八月初めころ、歯科医師会の名簿を見て、第一審原告を金の先物取引に勧誘すべく、その診療所を訪れ、その後、同年九月二七日までに六ないし七回、第一審原告の診療所や自宅を訪れた。第一審原告は、歯科医師として金地金を必要とし、これを材料店から購入していたが、開業当時、金の価格が高くて苦労した経験があり、また、先輩医師から金地金は価格が安いときに買っておくのがよいと聞いていたこともあって、金の値動きに関心を持っており、また、これを購入する意向を持っていた。そこで、第一審原告がBらにその意向を洩らしたところ、Bらは第一審原告に対し、金価格が低下していることを示すグラフ等を示して、その値段が底値に近く、必ず値上がりするから今買っておいたほうがよいと告げ、また、同じ金地金を買うなら、金取引所の会員である第一審被告を通じ、先物取引を利用して購入したほうが廉価に買えると告げ、そのような記事の掲載された新聞等を示し、金の先物取引を熱心に勧めた。そして、Bらは、先物取引を利用するについて、代金は一度に支払う必要はなく、手付金のような証拠金を払っておけば、残金は六か月くらい先に現物と引き換えでいいと説明し、第一審原告の意思が金地金現物の購入意思であったことから、先物取引の投機性や損失を生じる危険性を十分に説明しなかった。金の価格は昭和五五年ころから下落の傾向をたどっていたことから、第一審原告は、右Bらの言辞を容易く信じ、金地金の購入を決意し、昭和五七年九月二七日、まず六キログラムの金地金を購入すると告げ、第一審原告と第一審被告との間で先物取引委託契約が締結された。そして、第一審原告は同日その証拠金として三六〇万円を支払った。右委託契約締結の際、Bは、第一審原告に対し、東京金取引所の定める受託契約準則の規定を遵守して売買取引を行なうことを承諾する旨の書面(乙第四号証の一)について、金地金を東京金取引所で買うのに必要な書類であると説明して、これに署名押印を求め、第一審原告はこれに応じて右書面に署名押印した。そのとき、Bは、第一審原告に対し、東京金取引所受託契約準則の記載された取引承諾書の写、商品取引受託のしおりを手渡したが、第一審原告がその内容を聞くと、現物を買うのだから読む必要はない旨答え、第一審原告が保険の約款のようなものかと言うと、Bはそうですと答えた。そのため、第一審原告は右両書面とも読まずに片付けてしまった。
第一審原告は、Bの助言に従って金購入の時期等を同人に任せ、Bは、同日、限月を翌年二月として、金六枚(六キログラム)の買い建てをした。その後、金価格が値下がりしたため、追証拠金を求められることになったが、Bは、これを証拠金の額が変わったと述べて支払を求め、第一審原告は取引所で買うときはそういうものかと考え、特段疑問を持たずにBのいうとおりに、昭和五七年一〇月四日一四四万円、昭和五八年二月一日八四万円をそれぞれ追証拠金として支払った。
2 第一審原告は、金地金の購入量の目標を一〇キログラムとして、これをBに告げていたが、同人が金価格を底値に近いと説明したこともあって、早期に購入するのが得策であると考え、資金の余裕がなかったことから、当時a大学に在学中の弟E(当時一九歳)がその父から相続した遺産約一〇〇〇万円を一時流用することとし、同年一一月一二日、金三キログラムを購入することとし、同人名義で第一審被告との間に先物取引委託契約を締結し、証拠金として二五二万円を支払った。そこで、Bは、同日、限月を翌年四月として金三枚(三キログラム)の買い建てをした。
第一審原告には、昭和五七年○月○日、長男Fが出生したが、同人は仮死状態で生まれたことが原因で障害が残り、その行く末が心配された(しかし、Fは昭和五八年二月二一日に死亡した)ことから、第一審原告は、同人に財産を残してやりたいとの気持ちを強く持つようになり、また、Bと相談のうえ税金対策も考慮して、E名義のほかF名義でも取引をすることとし、Bの指導に従って、第一審原告名義で建玉をした前記六枚について、うち二枚を昭和五八年二月一四日差金決済したうえ、同月一六日にF名義で第一審被告との間に先物取引委託契約を締結したうえ、同人名義で同月を限月として金三枚の買い建てをし、更に、第一審原告名義の金二枚を同月二三日差金決済し、翌二四日E名義で同年四月を限月として金一枚の買い建てをした。そして、第一審原告は、同年二月一六日F名義の取引を開始するにあたって証拠金二九四万円を支払い、同月二二日第一審原告名義分一一九万六四〇〇円、F名義分八五五万五四〇〇円、同月二三日第一審原告名義分七万八〇〇〇円を支払って、同月二八日同人名義の残りの金二枚及びF名義の金三枚を現物受けした。更に、第一審原告は、E名義分についても、請求原因2(八)のとおり支払って、その限月である同年四月二八日に四枚(昭和五七年一一月一二日に建てた三枚と昭和五八年二月二四日に建てた一枚)を現物受けした。
3 Bは、第一審原告を差金決済による先物取引へと勧誘する心算でいたことから現物受けした金地金を証拠金として確保しようと考え、同年二月二八日に第一審原告が五枚の金を現物受けした際、「今すぐ必要でなければ当社のほうで委託した倉庫のほうに保管しますが、そのほうが安全でいいんじゃないですか。」と持ちかけ、第一審原告も安全のうえから預ける気になったが、その際、Bは、「建玉して取引する意向ですので私の指示があるまで預かって下さい」との書面の作成を求め、第一審原告は、更に一キログラムの金地金を買うつもりであり、また、同月二一日に長男Fが死亡したことから悲嘆にくれていた折でもあって、軽率にも、Bが示した原稿のとおりに記載して右書面を作成した(乙第一八号証の一)。そこで、第一審被告はその金地金の倉荷証券五枚を証拠金充用有価証券として預かった(第一審原告名義で二通、F名義で三通、充用単価は一通につき二六二万五〇〇〇円)。更に、第一審被告は、第一審原告が四月二八日に現物受けした四キログラムの金地金についても同様にその倉荷証券四枚を証拠金充用有価証券として預かった(E名義、充用単価は一通につき二二九万六〇〇〇円)。
4 昭和五八年四月ころ、金の価格は契約当初から一キログラムあたり約三〇万円を超える値下がりをしていた。そこで、第一審原告がBを責めると、同人は、値下がりは一時的なものだと説明したうえ、購入した金を担保として貸してくれれば目減り分は取り返しますと言って先物取引を勧めた。第一審原告は、これにあまり乗り気ではなかったが、そのころ、流用したEの資金の返還のために購入した金地金の換金を考えており、金の値下がり分の損を心配していた折であり、Bが右取引により損が生じる可能性については説明せず、必ず利益が出るように述べたことから、結局Bの勧めに応じて、F名義分についてだけ取引することを承諾した。そして、同年四月二〇日から同人名義で反対売買による差金決済を前提とした先物取引が開始され、その後、第一審原告はBから、E名義の分についても、その目減り分を取り返しますからといわれて承諾し、同年一〇月二四日から同人名義での反対売買による差金決済を前提とした先物取引も開始された。その取引の状況は、昭和五七年九月以降の分を含め、原判決別紙f(一)ないし(五)のとおりである(ただし、同(二)の約定月日欄の上から三及び四段目に各「4.30」とあるのをいずれも「4.28」と、同欄の上から二五段目に「3.29」とあるのを「3.30」と訂正する。右取引内容は当事者間に争いがない。)。
第一審原告は、かねがね、一〇キログラムの金地金を購入するつもりであったことから、更に一キログラムの購入をBに依頼し、昭和五九年二月一七日一枚を買い建てし、同年三月三〇日現物受けした。このときまでに第一審原告が証拠金或いは代金として第一審被告に支払った金額は請求原因2(八)記載のとおり合計三六一六万四〇〇〇円である(この点は争いがない。)。そして、右現物受けされた金地金の倉荷証券も証拠金充用有価証券として第一審被告に預託された。これにより、第一審被告に預託された証拠金充用有価証券は一〇枚、すなわち金地金一〇キログラム分となり、その充用価格は、合計二〇三四万円となり、その当時の必要な証拠金の額をはるかに超える過剰なものであった。
5 ところで、右の差金決済を前提とする取引はB主導のもとになされ、Bは第一審原告の診療前か夜に取引について承諾を求めてきたが、第一審原告としては、金価格を予想する能力もなかったため、Bのいうとおりにするほかはなかった。そして、右取引については次第に損金が増加していったが、第一審原告は、過剰な証拠金を前述の経緯で預託をしていたことから、追証拠金を求められることもなく、また取引報告書も、第一審原告が、第一審被告の従業員の助言を受けて、税金対策上E、F名義を使い、その住所を誰も居住していない滋賀県○○町の亡父方とし、また、その後Eについては埼玉県に住所変更されたこともあって、第一審原告の目に届くのが遅れがちであったうえ、その内容を十分理解できず、昭和五八年末か昭和五九年初めころ第一審被告から送られて来た報告書中のマイナス表示の意味をBに問うたが、Bは、今一時的にマイナスでも最終的にはプラスになりますと説明され、一応納得してそのままにしていた。
ところが、第一審原告は、同年三月ころ金取引の勧誘にきたフジチュー株式会社の外務員から第一審被告が第一審原告に交付した報告書の帳尻残高のマイナスの表示が現実の損害であると教えられて驚愕し、Bを第一審原告方に呼びつけて問い質し、同人が一時的なものだから責任をもって必ず挽回すると弁明するのを聞かず、取引の停止を求めた。しかし、第一審被告京都支店長のCは、Bから第一審原告の担当を引き継ぎ、その損失は最早回復し難いと考えたものの、第一審原告に対し、「今止めれば二〇〇〇万円に近い損になってしまうが、このまま続ければ私が責任をもって何とか挽回しますから私どもに任せて欲しい。」と説得し、第一審原告としてはなすすべもなかったことから結局同人に任せることを承諾し、その後同人の主導のもとに先物取引を継続した。Cは、第一審原告に銀の取引のほうがよいからと説明して、その承諾を得、同年四月三日から銀の取引が始められたが、その取引もCの言うとおりにその主導のもとにほとんど一任売買のような形で行われた。また、Cは、金地金の換金を求め、第一審原告は、これに抵抗したが、Cが何度も言って来て、すぐ元に戻すと言うので同年七月三一日ころに至って止むなく一キログラムの金の換金に応じた。そこで、同日、前記倉荷証券一枚、金地金一キログラム分が現物渡しで売却され、その代金は証拠金として第一審被告に入金された。その後同年八月三〇日ころ、Cは第一審被告を退職し、後任の支店長木倉が第一審原告の担当を引き継いだが、同人がもはや挽回はむづかしいと告げたため、その直後ころの同年九月五日最後の三枚の銀を仕切り、第一審被告に委託する先物取引をやめた。これによって、E名義取引については七四七万四二五二円、F名義取引については九四九万一二〇〇円、合計一六九六万五四五二円の損害が確定した。そして、第一審原告が取得し、第一審被告に預託している証拠金充用有価証券の倉荷証券は原判決別紙a倉荷証券目録記載のとおりである。
以上のとおり認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
なお、第一審被告は、Bが先物取引の仕組みや危険性について十分に説明したというが、当初第一審原告は現物を購入する意思であり、これをBも知っていたのであるから、このような場合に実際には行われない先物取引の危険性について説明したというのは不自然であり、第一審原告本人が供述するように、Bが、現物を買うのだから説明は必要がない旨述べたというほうが自然であり、第一審被告の主張は採用できないところである。
また、第一審被告は、本件各取引は第一審原告がその都度底値だと判断してなしたもので、B、Cが主導的にしたものでないと主張するが、先物取引における相場の予測は、国内国外の政治、経済情勢にかかわるなど専門家でも容易でないものであるところ、第一審原告は昭和五五年に開業したばかりの若年の歯科医であって、先物取引を始めたのは本件が始めてであり、右価格について判断する資料さえ、一般に報道されるもののほかには、B、Cらから提供されるもの以外になく、B、Cらから判断を提供されることなく自ら相場が底値であるといった判断をなし得たとは考えられない。前掲の原判決別紙f(一)ないし(五)によれば、Bが第一審原告を担当していたときの取引とCに代わってからの取引とでは建玉の方法にかなりの相違があると認められるが、この点も本件各取引がB、Cの主導のもとにされたことを推認させる。乙第二五号証の一ないし五によれば、第一審原告は昭和五九年三月末ころからフジチュー株式会社と先物取引委託契約を締結して先物取引を始めたことを認めることができるが、第一審原告本人尋問の結果によれば、第一審原告はフジチュー株式会社に対しても右取引の違法を主張して損害賠償を請求し、相当額の支払を受けて和解したことを認めることができ、これによれば右取引は同社の取引員の甘言に乗ってその主導のもとにされた蓋然性があるから、右取引の存在をもって前記認定を覆すことはできないというべきである。
次に、第一審原告は、第一審被告が違法な向い玉を行なった旨主張するので検討するに、甲第八七、第九〇、第九四号証、乙第四〇号証の一、二によれば、第一審原告の金取引における委託玉はすべて買い建て、売り落ちであるのに、第一審原告の委託玉が建てられた日における第一審被告の自己玉は昭和五九年七月一一日の二二枚を除きすべて売り建てで、第一審原告の建玉と対向していることが認められるが、乙第三二号証の一ないし三、第三三号証の一ないし三、当審証人Gの証言によれば、第一審被告の自己玉は本社の業務課において各支店における建玉の状況を把握した後に判断して建てており、その自己玉は東京金取引所による制限の範囲であることが認められ、B、Cが第一審原告に勧めた建玉が第一審被告の本社からの指示によることや第一審原告が損失を被ることを承知でされたことまでは認められないが、これらによれば、第一審被告の自己玉は未だ違法なものとまでいうことはできない。また、第一審原告はBが個々の取引について適切な時期に仕切らなかったこと、Cが担当となってからの反復取引が違法であると主張するが、その個々の取引に関するB、Cの行為については、それのみをもって違法とする証拠はない。
三 以上に鑑みるに、第一審原告は、本人、E及びFの各名義による本件委託契約を締結する時点で金地金の現物を購入する意思はあったものの、反対売買による差金決済を前提とする先物取引をするとの意思はなかったことは明白であり、これをBも承知していたのであるが、現物を買うにも先物取引を利用するのがが有利であると告げて、本件先物取引委託契約を締結させ、やがては右差金決済による先物取引に勧誘する心算で、第一審原告が金地金を現物受けするや、言葉巧みにその倉荷証券を証拠金充用有価証券として預託させ、Bに対し、第一審原告が購入した金の資産価値がその価格低下により目減りしたとして責めるようになると、これを機に、差金決済による取引の投機性や損失を被る危険性について十分説明しないまま、いかにも右目減り分の損を取り戻すことができるかのように告げて断定的判断を提供し、差金決済による先物取引を承諾させ、その意見に従わせてほとんど一任売買に等しいような形で主導的に取引を行なわせ、その際、不必要に多額の証拠金を預託させ、損失が増加しても追証拠金の請求をせず、建玉が損計算になったことに注意を喚起して、取引について再考する機会を失わせ、更には、多額の損失が生じているのに、それが一時的なものであるかのように説明して、第一審原告の判断を誤らせ、担当をBから引き継いだCも、取引の中止を求めた第一審原告に、取引を止めれば損が確定してしまうと述べ、必ず損を取り返す旨告げて取引を継続させ、ほとんど一任売買のような形で取引させたものであるが、これらの経緯をみれば、B及びCの本件先物取引委託契約の勧誘、その締結、これに基づく個々の取引行為の実施の一連の行為は全体として違法であるというべきであり、故意又は過失により第一審原告に損害を与えたものとして不法行為を構成する。
第一審原告は右不法行為は、第一審被告が会社ぐるみで組織的になしたものであるというが、これを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、前述のとおり、第一審被告の外務員(従業員)であるB、Cの右不法行為は第一審被告の業務執行のためにされたことは明白であるから、第一審被告は民法七一五条により損害賠償の責任を負うものである。
四 そこで、損害について検討するに、第一審原告が本件先物取引委託契約に基づく取引により三六一六万四〇〇〇円を出捐したことは前述のとおりである。ところで、右取引の結果第一審原告が現物受けした金地金については、右取引自体を無効とするほどのことはなく、その所有権は第一審原告にあり、証拠金充用有価証券として預託されている本件倉荷証券が第一審原告に帰属することは第一審被告の自認するところであるから、第一審原告に生じた損害は、第一審原告が支出した額から本件倉荷証券の形で保管されている金地金の価額を控除したものというべきである。甲第一〇九号証によれば、平成四年一月二二日における金地金一グラムの市場価格(小売価格)は一五〇八円であると認められ、本件口頭弁論終結時における右価格も同額であると推認されるから、金地金九キログラムの価格は一三五七万二〇〇〇円となる。そこで、これを三六一六万四〇〇〇円から控除し、第一審原告に生じた損害額は二二五九万二〇〇〇円である。
五 ところで、前述のとおり、第一審原告は高等学歴を有する者で、本件先物取引委託契約を締結するに当たっては、商品取引受託のしおりや東京金取引所受託契約準則を記載した書面を受け取りながらこれを読まず、安易に外務員の言を信じて取引したもので、また、取引報告書の受領が遅れたりしたのも第一審原告が他人名義を用いて取引し、その住所を自宅にしなかったことによることを考慮すれば、第一審原告に過失があることは明白であり、右各事実によれば、五割の過失相殺をするのが相当である。よって、第一審原告が第一審被告に賠償を請求できる額は一一二九万六〇〇〇円というべきである。
六 次に、第一審原告は、予備的に、本件倉荷証券の引渡を求めるところ、これが第一審原告の所有に属することは前述のとおりである。第一審被告は、本件各取引によって生じた損金一六九六万五四五二円の支払がされるまで本件倉荷証券の引渡を拒む旨主張するので検討するに、右主張の損失が生じていることは認められるものの、前説示のとおり、右損失は第一審被告に勤務する外務員の不法行為によって生じたものであり、前記三ないし五項の不法行為の態様、程度を考慮すれば、第一審被告が右損失金を不法行為の被害者である第一審原告に対し請求することは信義に反し許されないというべきである(第一審原告の未払損失金について支払義務がないとの主張には右信義則違反の主張を含むものと解される。)。
七 次に、弁護士費用についてみるに、本件事案の内容、紛争の経過、認容額等諸般の事情を考慮すれば、第一審被告の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用としては二〇〇万円をもって相当とする。
八 以上によれば、第一審原告の請求は、一三二九万六〇〇〇円及び内一一二九万六〇〇〇円に対する昭和五九年七月二四日から、内二〇〇万円に対する昭和六〇年四月二〇日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払並びに本件倉荷証券の引渡を求める限度で理由があるので認容し、その余は失当として棄却すべきところ、双方の控訴に基づき、原判決を右のとおり変更し、仮執行宣言について民事訴訟法一九六条を、訴訟費用の負担につき同法九六条、九二条、八九条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柳澤千昭 裁判官 東孝行 裁判官 松本哲泓)